石塚弘の受難 . 4

これで最後。
言われたとおり家中の鍵という鍵を閉めて回るという作業もこれで終了。たっぷり30分は使った。
正面玄関の鍵に手を掛けて、ふうと石塚は本日何度目か分からないため息を吐いた。
これが終わったらなにをしようか。そろそろ昼時かな。
完全に扉が閉まったことを確認して、石塚はふと自嘲気味に笑った。

…俺は今、とてもおかしな事をしている。
こんなボロ屋に誰が入ってくる訳でもないと思い、普段から開けっ放している家の戸締まりをするという奇行に及んでいる。
きっとこの暑さのせいだな、と。閉まった扉の外側から滲み出る熱気に軽く目眩を覚えた。

締め切ったは良かったものの、結局縁側は開けっ放しなのだから全くもって意味がない。
さぁ、いよいよ暇になってきた。
取り敢えず扇風機の前に横になる。湿った髪が煽られて断続的に揺れる。
納屋で埃にまみれた際、頑なな永野をなんとか説得してやっとの思いで風呂に入った。(永野は護衛と称して扉の向こうで待機していた)
あろう事か石鹸で足を滑らして腰を痛めたなどと言えるはずもなく。バレなかっただけマシだろうが。
まぁ、御陰でなんとか行水は果たせたのだから良しとしよう。

「永野ー。帰ってきてくれよ…」

暇すぎて、このまま死にそうだ。
一緒に住むようになって以来、あいつと片時も離れたことはなかった。
まさかとは思ったが、こんな短時間永野が居ないだけで退屈と感じてしまう自分に少しだけ呆れた。

「…少しは永野離れしないとなぁ」

目を閉じよう。そのまま眠ってしまえばいい。永野がきたら起こしてくれる。
心細さを少しでも紛らわそうと、石塚は天井の染みから視線を外し惰眠を貪ることにした。





「間に合ってよかったな、千寿」
「うん!これでなんとかお母さんに怒られずに済むよ」

小言の少しも言ってやろうかと思ったが、安心したように笑みを作る千寿を見るとそれも失せてしまった。
卵が割れそうな勢いで手を振って歩く千寿を軽く制し、永野は歩調を緩めた。

「おっちゃん、ここまででいいよ」
「遠慮するな。家まで送っていく」
「でも石塚のにいちゃんが心配するといけないしさ」
「…どういう意味だ」

何故そこで石塚さんの名前が出るのか。
分かっている、千寿には悪気なんか無い。そんなに見え透いているだろうか。自分が、石塚さんに─

「だって、さよならするときの石塚のにいちゃん。なんか寂しそうだったよ?」
「…あの人が?」

まさか、と思い困ったように笑ってみせると、千寿はむくれて早足で歩き出した。
肩を掴もうと伸ばした腕も空を切る。走り出していた千寿まで5歩ほどの距離が空いた後だった。
一度振り返った千寿は、肩越しに手を振った。

「お、おい千寿!」
「分かったら早く帰ってあげるの!ここまでありがとね、おっちゃんばいばい!」
「ああ…卵割らすなよ!」

そのまま元気に走り去ってしまった千寿の背中を見送り、永野は息を吐いた。
…暑い。炎天下の中よくもまあ元気に動き回れるものだ。
そんなことより、言われたとおりに帰らないと。今日はとにかく傍についていないと危ないのだから。
来た道を少し引き返して、それから、それから…どこへ行けば良いんだ?

「…というか、ここはどこだ」