疾走少年 . 5

「…聞いても良いですか」
「どうしたんだ?」
「…その、なんというか…」

風呂に入り食事を済ませ、後は永野を堪能するだけとなった状態で出されたスイカを食べていた石塚は、そわそわと落ち着かない永野の様子に首をかしげた。
それまでも寮の様子はどうだったかとか、永野の料理の腕は大分上がったとか、他愛ない会話を楽しんでいたのだがどうも様子がおかしい。
彷徨える視線が虚空を二転三転した後、永野は言い淀みながらも石塚を正面に見据え、姿勢を正した。

「大塚さんとは、どういった関係なんですか」
「珍しいこともあるもんだ。柄にもなく嫉妬かな?」
「ち、違います…!そんなんじゃない……くて、その…ああもう、どうなんですか!」
「開き直って逆ギレとは今までにないパターンだな…全く恐れ入るよ」
「…どういう意味なのか小一時間問いつめたいところですが、聞いてるんならまじめに答えてください」

さりげなく話を逸らそうとするも、どうやら今日の永野は一筋縄ではいかないらしい。
どうしたものかと黙っている間も、永野は先程までそわそわしていたのは何だったのかと思うほどに落ち着き払っていた。
その様子がおかしくて口角をあげると、不審そうな顔をした永野が眉を寄せる。

「…僕はいつも君のことを見ていた。僕の心を汲み取る事に関して、君ほど察しの良い人間は居ないと僕は思っている。だから一緒に居られる。居心地が良いから、僕は自分が思う以上に君に甘えてしまうんだろう」
「……な、何を言い出すんですか…突然」

自分の口から出た言葉には自分で責任を持たないといけない義務がある。
しかし、その言葉の意味を誰がどう意訳するかはその人の判断に委ねざるを得ない。
永野は一体どういう解釈をしたのか、先程の落ち着かない状態に戻ったものの、しばらく沈黙が続くと咳払いをして姿勢を楽に崩した。
その方が見ているこっちも楽でいいと思ったが、常にある程度の緊張を維持するのが永野の性質だと分かっていて、何も言わなかった。

「分かりましたよ……聞くなって言いたいんでしょう?」
「物わかりが良くて僕はとても助かるよ」
「こういうときは「察しの良い」ことを皮肉に思いますけどね。…回りくどい言い方なんてしないで、そう一言言えばいいのに」
「でも直接的な言い方をすると君は傷つくから」

最後の方はもはや良いように誤魔化されてしまった事への愚痴だったのだろう。
そして、その愚痴に対して返答した僕の言葉はどうやら当たっていたようだ。
一瞬複雑そうに顔をしかめた永野は「失礼します」と呟いて居間を出て行ってしまった。

「…地雷を踏んだかな」

普段ならからかいながらものらりくらりとかわすところだが、今回に限って距離を誤ってしまったらしい。
一人の部屋にテレビの音声だけが乾いた空気を震わせている。
不意に襲いかかる眠気が束の間ではあったが、うだるような暑さを忘れさせた。
欲に負け身体を横にした時点で、意識は完全に眠りへと持って行かれてしまった。





「…石塚さん、石塚さん……こんなところで寝ないでくださいよ、全く…」

呼び声に反応して反射的に視界が開き、永野の若干不機嫌そうな顔が映った。
どうやら先程からずっと自分の肩を揺すっていたらしく、余りにも反応が鈍かったことに呆れているようだ。

「そんなに眠たいんだったらもう布団敷いてありますから、そっちへ移ってください」

すぐに踵を返し立ち去ろうとする永野の腕を咄嗟に掴もうとするが、それはあと僅かなところで空を切る。
やれやれと何も掴めなかった手で頭を掻くと、自然と大きなあくびが漏れた。
残念だが今日は大人しくしていたほうが良さそうだ。永野の気遣いにあやかっておくのが吉だろう。
それにしても、あの鬱陶しい小言すら不器用な永野の愛情表現であると考えるだけで癖になるとさえ感じるのは、僕が盲目過ぎるだけなんだろうか。

(そんなことを言うと、更に拗ねられて朝飯抜きなんてことになりかねないな…)





部屋へ行くと既に永野は横になっていて、僕が来たにもかかわらず微動だにしない。
夜といえど暑いことには変わりないというのに、なんというか…布団から首しか出ていない辺り、きっちりしすぎているのではないか。
そしてその隣に敷いてある布団に寝そべった時に、まるで拒絶するかのように背を向けているのだということに気がつく。

「わざわざ勿体ぶるほどのことじゃないんだ。でも、もう少しだけ待ってくれるかな」
「……どうしてですか」

たとえ寝ていたとしても、起きていたとしても、返事が返って来ることを期待して言った言葉ではなかったのに。
くぐもった声に嬉しさを覚えてしまうのはやはり誤魔化しようがない。

「強いて言えば、まだ僕の中でそれが風化していないから…かな」
「意味が分かりません」
「それでいいんだよ」

もぞもぞと身動ぎした永野だったが、それ以降の言葉はなかった。
折角帰ってきてくれて、自分としては飛び上がるほどに喜ばしいのだが。
どんな理由であれ、そんな日に永野の機嫌を損ねてしまった僕に非があるのは自明だろう。

「起きてるか?」
「…なんです」
「…悪かったよ。僕のわがままで君の不興を買ってしまったようだ」
「……違います」

思いもよらない切り返しに言葉が出なかった。
天井に向けていた顔を横へ向ける。
そろそろ暑苦しくて堪らなくなってきているんじゃないだろうか。

「…僕ほど、察しの悪い人間は居ないってことがよく分かりました。僕は僕の不甲斐なさに怒りを覚えているだけです」
「永野…僕は、別に」
「石塚さん」
「………」
「僕は…僕の意向を常に掌握しているのは、貴方だけだと思い…ます、よ……」

語尾は段々と小さくなっていったが、なんとかその言葉を最後まで聞き取ることが出来た。
そして、あまりの永野らしい回りくどさに笑ってしまう。
それに感づいた永野が布団をはね除け向き直った。

「なっ、何で笑うんですか!これでもずっと真剣にかんがえてたのに…あんまりだ!」
「ごめん、でも君も「僕の心を分かってくれるのは石塚さんだけです」って素直に言えばいいのに」
「石塚さんは全然僕のことを分かってません!そういうところが…」
「ところが?」
「………っ、知りません!もう寝ます!」

やはり暑かったらしく、再び布団をかぶり直すようなことはしなかったが、また背を向けられてしまった。
こっそり近づいて耳に息でも吹きかけてやろうかと思ったが、朝までに機嫌を直してもらわないとと考え直し、実行には至らなかった。

「おやすみ、永野」

既に寝入ってしまったのかそうでないのか、返事は返ってこない。
しかし永野が耳まで赤くなっているように見えたので、その場はそれで収めることにした。
暗中では色覚が働かないはずなのだが。心眼とかいうやつなのだろうと、自分勝手に解釈する。
隣の寝息が聞こえてきた頃に、僕はようやく久々の快眠に浸ることが出来たのだった。