ひまわりと飛行機雲 . 6

よし、ここは俺が一肌脱ごう―――。
大塚浩二は、決意した。




食堂の粗末な長テーブルの向こう側でこめかみに両手を当て、うつむく永野を見据える。
小刻みに震える彼の肩に軍人としての威厳は欠片も見受けられない。
ただひたすらに「どうしよう」と疑問符ばかりが彼の頭を支配しているようで、大塚の躊躇いがちの問いかけももう三度ほど無視されている。
確認は出来ないが伏せた顔は真っ青なのだろう。人ごとながら気の毒に思う大塚だった。

「永野…おい、大丈夫なのか」
「………」

四度目の無視。どうしようも出来ず、うどんを啜る大塚。心なしか食べるスピードも落ちている。
石塚が去っていったドアを睨む様に見据え、いつもの仏頂面を浮かべる。
周りのクラスメイト達はその表情に怯え、特に松尾やえりすなどの年少組は食堂からそそくさと出て行ってしまった。
年長組の者は「大塚が石塚に決闘でも申し込むんじゃないだろうか」とびくびくしている。
しかし、大塚の腹の内は違う。

彼は、石塚を祝福していた。

ああ、石塚は幸せなのだな。と、思う。

過去の一件以来、石塚は大塚に対し静かなる憎悪を抱き、それ以外の他人には表面上だけの友好的な態度で接してきた。
一切回りに人を寄せ付けないまま死んでいきそうな石塚を見ているのが辛かった。
自分が石塚との旧交を取り戻すのはもはや不可能で、この世の不条理を感じながら毎日を過ごし、これからもアイツは変わらないのだろうと諦めきっていた。
そこにある日突然現れた『石塚と永野が付き合っている(かもしれない)』という噂。
大塚にとって永野英太郎とは思いがけない伏兵なのである。
永野本人は気づいていないかもしれないが、大塚にとって石塚の心を開くというのは絢爛舞踏受賞よりも難しいことなのだ。

唐突だが、石塚の心を地雷原に例えるとしよう。
目印の無いただっ広い荒野。一歩踏み出せはすぐさま地雷が起動し爆発する、鉄壁のガード。
大塚は地雷原に入ることもままならず、鉄条網の周りでうろうろしている。クラスメイトは荒野の存在にすら気づかない。
そこを永野は探知機も無しに地雷と地雷の隙間をするすると歩いて、あっさり荒野を踏破した。

あの石塚に浮いた話が出るとは、今の今まで信じられなかった。
そこに先ほどの騒動である。
大塚の疑問に永野が否定を叫んだときの石塚の傷ついた表情が目に焼きついている。直後にそれは瘴気に紛れてしまったが、大塚はその一瞬を見逃さなかった。
石塚は完全に永野に心を許している。確信した。

石塚の心に春が来たことは喜ぶべきだが、何故か二人は喧嘩をしているらしい。
大塚には原因がさっぱりわからないが、現にこうして二人の間には亀裂が走っている。
これはまずい。とてもまずい。
永野がこのまま石塚から離れてしまったら、戻ることは無いだろう。
おせっかいかもしれないが、見過ごす訳にはいかない。永野を繋ぎ止めておかなくては。

人付き合いは苦手だが、曲がりなりにも大塚は恋愛経験者だ。添い遂げる事が出来なかった人を思い浮かべる。

(加奈子、石塚の事は任せろ)

決意も新たに大塚は最後のうどんを胃に納め、汁を一気に飲み干した。
二人の仲をどうこうする前にまず永野の事を知ろう。
むやみやたらと他人が介入しても、仲直りするとは思えない。まずは自分と永野の仲を深めなくては。

(一から人と仲良くなるのは苦手なのだが…そうも言ってられないしな)

震えは大分収まったようだが、まだ永野は俯いている。五度目の呼びかけもやはり当たり前のように流されてしまったので、実力行使に出ることにする。

「永野」
「………」

とりあえず再度声をかけてから、殴るのも何なので頭を軽く叩いてみた。慎重に、励ますように叩く。

「…は!?」

相当驚かれたらしく、永野が無様な体勢で椅子から転げ落ちた。自分から人と仲良くする事の難しさを改めて感じながら、テーブルをぐるりと大回りして永野の元へ行き手を差し伸べる。

「…すまん、また力加減を間違えたか」
「そういう問題では…」

苦悩から現実に戻ってきた永野がパイプ椅子を立てている間に台詞を練り上げる。
手っ取り早く仲良くなる方法。大塚には選択肢が無かったので、考え付くたった一つの提案をする。

「永野。今日の放課後に野球でもしないか?」
「…へ?」

目を点にする永野に、ああいや、野球は無理だからキャッチボールだと大塚は補足した。