ひまわりと飛行機雲 . 3

家を出た瞬間、目が眩むような日差しが容赦なく照りつけてくる。
思わず目を細め立ち止まる永野を横目に、石塚は先を立って歩き出した。
それを見た永野も慌てて隣に並ぶ。

最低限の荷物を鞄に詰めただけの至って軽装な石塚に対し、永野は衣類しか入っていないとはいえ
見た目にも重そうな鞄を背負いふらふらと覚束ない足取りで歩いていた。
流石に声をかけようとして、止める。
今の永野には何を言っても無駄だ。

「…暑いな」

思案の末、口を衝いて出たのは当たり障りのない言葉だった。

「…そうですね」

夏ですから、と付け加えて永野は一際大きく息を吐いた。
お前に限っては夏のせいだけじゃないだろう、と石塚は小さく呟いた。
汗をだらだら流しながら前屈みになって歩くさまは端から見ても暑苦しい。
視覚の暴力だな、と石塚は隣の永野に目をやった。
屈んでいるため上目遣いで自分を見上げていたのだろう、永野と目が合う。
暑さからかそうでないのか、真っ赤になって気まずげに目線を下げる永野を見て、石塚は思わず溜息を漏らした。

どこかぎこちない態度に急に距離を感じる。…要は、寂しい。
まさかと思いながら自分でも驚いている。
前にも一度自分で警告したはずじゃないか。依存しすぎていると。

「…してやられたかなぁ」
「何がですか?」
「何でもないよ。手伝おうか?」
「…結構です。お気遣いなく」

拗ねたように口元を引き結び、永野は砂埃を上げる勢いで足早に歩いていく。
やれやれと困ったように笑いながら、石塚はその背中について行った。

ふと空を仰げばどこまでも澄み切った青に白い入道雲が掛かっている。
そして雲と雲の狭間を横切るようにして伸びる飛行機雲。
通り道に残された白い軌跡はすぐにかき消えて空に溶けてしまう。
この分だと明日も快晴だろう。

「…なぁ」

なぁ、永野。明日からもこの道を一緒に歩いてくれるか…?
言い掛けた言葉は永野の大声で遮られた。

「うわっ!!」
「…どうしたんだ、急に…」

3歩ほどの距離を取って歩いていた永野が突然尻餅を着いて倒れ込む。
突然のことに状況が掴めず立ちすくんでいた目の前の人物が、慌てて手を差し出した。

「…その、大丈夫か?」
「あ、えぇ、まぁ、…すまない、こちらの不注意で…」

永野が遠慮がちに手を借りて立ち上がるまで、石塚は面食らったようにその場で固まっていた。はっとして表情を強ばらせる。

「いや、俺も…前を向いて歩いていなかった。悪い」

まだ永野が何か言っていたが、石塚はそれに構わずぶっきらぼうに声を掛けた。

「おはよう」
「…あ、あぁ……おはよう」

意外だ、と言わんばかりの表情で言葉を返す大塚を石塚は一瞥すると永野の腕を引いて歩き出した。
いつの間にか校門までは目と鼻の先だった。

「ちょっと、石塚さん…何ですか急に!」
「…別に」

半ば引きずるようにして永野を大塚から引き離す。
大塚が後から来ている気配はない。
永野が三度制止した時点でようやく石塚は歩みを止めた。丁度教室の前だった。
肩で息をする永野に声をかけるでもなく、ただじっと見下ろしているだけの石塚。
落ち着いたのか顔を上げた永野だったが、石塚と目があった瞬間また目線を僅かに下げた。
そのまま暫く唸ると、再び顔を上げ石塚の目を見た。

「さっき…なにか、言いかけませんでした?」
「…何も」

それだけを言い残すと教室へ消える石塚。
永野はその場にへたり込み荒い呼吸を整えながら漠然とさっきの出来事を振り返った。


「そういえば…謝ってばっかりで、お礼…言えなかったな…」