隊長日和 . 9

しっかりと背に回された腕、石塚から離されない瞳、先ほど飛び出た「愛」の言葉。
…もしかして永野はこれまで「愛」というものを知らなかったのか!?愛することも、愛されることも、今この瞬間に初めて気付いたっていうのか…。


「ははは…俺はこの賭け、もう勝とうが負けようがどっちでもよくなったよ、永野」
「え…石塚さん?どういう意味ですか?」

微笑んだ石塚は慈愛をそのまま形にしたかのようだった。

「お前に『愛』を教えてやれた。それだけで俺はもう…十分だ…」

そっと頭を包み込むように永野を胸に抱きすくめると、石塚はそのまま優しい声音で語り出す。
過去の、規則に凝り固まって自分を縛り付けていた永野の姿を思い出しながら。

「昔のお前は何を話しかけても敬語で、しかも俺に対してだけじゃなく同僚にまで硬い態度を貫いて…
 最初は真面目なヤツなんだなと軽く見ていた。でも違ったんだ」
「は、はぁ…」

抱き締められて昔話をされるという状況が理解できないながらも、『石塚さんが訳のわからない行動をするのはいつもの事だ』と観念して永野は話を聞いていた。
そんな戸惑いも露知らず、一人感極まっている石塚がきゅぅと抱きしめる腕に力を込める。

「お前は人を避けていたんだ」
「は…!?」

耳元で囁かれた声は、全てを見透かすように響く。

「まぁ、もともとが真面目なんだろうけど、それだけじゃないだろう。お前は殻に篭り「完全」であろうとすることで他人を寄せ付けなかった。
 それは人との接し方を知らなかったから…だろう?」
「…わかったようなこと言わないでください。あなたは神様気取りですか」

言い当てられた悔しさと恥ずかしさで頭に血が上るのを感じたが、そんなにも昔から、この人は自分のことを見ていてくれたのだと気付くと今度は嬉しさでどうしようもなくなる。

「この賭けには、意味があったんだよ永野。お前は一番大切なものに気付いたんだ」

良かったな、と先輩風を吹かせてうつむく永野の頭を撫でる。一人満足げな石塚が恨めしくて、永野は憎まれ口を返す。

「何をクサいことを…今さら酒でも回ったんじゃないですか?」

それも笑顔で受け止め、石塚は言葉を続ける。

「そうかもな。じゃあそろそろ語りの会は終わりにしようか。永野、布団敷いといてくれ。俺は縁側の酒を片付けてくる」

言うだけ言ってあっさりと腕をほどき縁側に向かう石塚の背を、永野はどこか不満そうにみつめる。その視線を感じ取ったのだろうか、石塚が背中を向けたままで永野へ言う。

「そうそう、さっきの続きは布団敷いてからな。今日は寝れないと思ってくれ」

ははは、と無駄に爽やかな笑い声を残して今度こそ石塚は縁側へ向かった。さっきの続きって…先ほど自分達は何をしていたんだ…?

「っ…押し倒されていたんだ…」

そのことに気付いた永野は、しかし逃げようも無く黙々と押入れを開け布団を引っ張り出すのだった。



自分は、いつもいつも優秀な隊長に劣等感を抱いていた。それがどう屈折して「愛」とやらになったのだろうか?本当にこれは「愛」なのか?
…先ほど自分は彼の「期待」に応えたいと思った。したいと思うことをしてほしいと願った。
それは愛故なのだろうか…?