隊長日和 . 6

例えば、俺がこの賭けに負けたとする。



それでこの小さな島での毎日が変わりなく過ぎて行くような平穏な生活が手に入る?
…否。それはこの人の独り善がりな希望に過ぎない。何故今まで安易すぎるそれに気が付かなかったのだろう。
きっとこんな風に一人で思案に沈む時間すら与えられない程、この人が常に傍に付きまとっていたのも原因の一つだろう。
連鎖的にこれまで「色々」あったことを思い出して永野は顔を赤くした。かぶりを振る。

それにしても…何の因果で俺は男に膝枕をせにゃならんのだろう。こんなこと夢にも思わなかった…悪い意味で。
むしろ、この状況に至るまでの経緯が既におかしいのだ。なんでよりにもよって膝枕なんだ膝枕。

…そもそも俺はこの人に何を期待していたのか。
あんなこと言えばきっと自分が恥ずかしくなるようなことを要求すると、相場は決まっているのに。
それにこう…流石にくっつかれると暑い。膝に短い髪が触れてくすぐったい。どうにかならないものか。
そう言えば少しだけ伸びてきたんじゃないだろうか。そろそろ散髪にでも行ってもらおう。
…でもそんなことを指摘したら「じゃあお前が切ってくれ」なんて言われそうだ…いや、絶対言う。この人は言う。
ああもうなんなんだ。何を創造…?ちがう、想像しているんだ俺は…!!


永野はおっかなびっくり膝に石塚の頭を乗せながら硬直し、延々と自問自答を繰り広げていた。
目線は真っ直ぐ眼前に広がる水平線へ向く。
とっくに日は沈みきっていた。夜の帳が辺りを覆い隠す。
仰向けに体勢を直した石塚は勝手に青くなったり赤くなったりする永野を愉快そうに眺めていた。一体何を考えているのやら。
下からの視線に気付いた永野が石塚に顔を向けて口を開こうとしたと同時に、後悔する。
いつも以上に距離が近い。…それならまだ良い。しかし体勢的にお互い面と向き合って視線を逸らせないとなると妙な気恥ずかしさが込み上げてくる。
口を開いたまま眉間に皺を作り複雑な顔をする永野。それに石塚は(見た目は)にこやかな笑みで応えた。
暫し無言のまま言葉を譲り合う。耳まで真っ赤になった永野が流石に気の毒に思えてきて石塚は珍しく折れてやることにした。

「永野君」
「なんですか改まって…まだ何か?」
「今さっき忠義を誓った人にタメ口聞くなんて、お前は最近態度が横柄過ぎなんじゃないか?目上の人には敬意を払うってことを─」
「生憎、実年齢で言えば自分の方が年上と思いますが隊長殿」

階級なんかは努力だのコネだのでどうにでもなる。更に金なんてありふれたものは手段を問わなければ幾らでも工面できる。
しかし人間どうしても逆らうことが出来ないものだってある。「年齢」もそのうちに含まれるものだ。
永野は最後の砦と言わんばかりにそれを持ち出してきた。
今までにない反撃パターンに一瞬きょとんとした石塚も直ぐに笑みを繕う。
苛め甲斐があるのも良いが、反抗されると言うのも違った良さがあるな…。
石塚がそんな不純なことを考えているとは思わず、尚も永野は言われたら言い返す心算のようだ。
一人ごちた石塚はおもむろに手を動かすと手近なところにあった永野のエプロンの裾を軽く握る。

「永野」
「…な、何ですか」

それだけで過剰な反応を返す永野がおかしくて、つい吹き出してしまったところを再び顔を赤くした永野が食って掛かる。
すまんすまんと上辺だけの薄っぺらい謝罪に尚も気を立てる永野を制して石塚は口を開いた。

「本当にお前と居ると毎日が楽しいよ」
「…それはどうも。私は気苦労が絶えませんよ」
「はは、耳に痛いな…でも俺達は実に良い上下関係を築いていると思わないか?」
「どうしてそう思うんです?」

何をどう考えればそこに行き着く要素があるのか。半ばうんざりと言った体で永野はそれだけを返す。
狭い膝の上で中で器用に寝返りを打った石塚。永野の腹部を目の前にして小さく笑みを漏らす。

「正に相思相愛じゃないか」
「だっ…誰が!誰と!!!」

いつでも反撃準備よろしだった筈の永野が単語の理解不能な活用に対応しきれず目を剥いて口をはくぱくさせる。

「俺とお前に決まっているだろう。他に誰がいる?」
「それはそうですけど…!」

さっきの勢いは何処へやらしどろもどろになって言葉を探す永野を石塚は笑みを堪えながら観察する。
うん。今度永野観察日記なんか付けてみると面白いかも知れない。良いアイデアだ。
耐えきれず顔を崩す石塚を見た永野が今度は憤慨に顔を赤くする、

「貴方という人は…人をからかってそんなに面白いんですか!?」
「お前だから面白いんじゃないか。愛情の裏返しだよ」
「……それは結構ですが…その、…さっきから胸元まさぐるの止めてくれませんか」
「まぁ、そう固いこと言わずにひとつ」
「何がひとつですか!うわ、ちょっと…いぃぃいぃ、石塚さん…!!」

上目遣いで何を考えているのか読めない笑みを作る石塚を見た永野の額から嫌な汗が流れた。