隊長日和 . 5

ぴちゃ、と指に舌の這う音。続いて、ヒルのように皮膚に吸い付く音。

「え、あ…え?」

石塚のスキンシップに対して常に「突き飛ばす」という態度で臨んでいる永野も、こればかりは反応速度が遅れた。
目を瞬かせつつもこれに対しどのような反応をすればよいのか必死に過去の記憶を探る。

(だ、駄目だっ。今までは、夜でもこんなことはされたことがないっ…!)

戦場ではどんな場面においても臨機応変に対応可能な永野だがこと私生活、
特に石塚の(永野にとっては)理解不能で(永野にとっては)突発的なスキンシップにはどう対応していいのかさっぱりわからないのだ。
石塚反応速度Dランク、と意味不明で不名誉な階級を与えられ石塚に笑われたこともある。
(永野はそれに対し、冷やしていない缶ビールを食卓に上げることで復讐した)
そんなことより今目の前にある恐怖をなんとかしなくてはいけない。とりあえず言葉で応戦してみる。

「何をやってらっしゃるんですかっ!何をっ!」

永野の指をくわえたままで石塚が短く答える。

「消毒だ」
「傷口の唾液による治療は細菌が侵食する可能性があり、有効な治療方法ではないとあなたも学んだはずでしょう!?」

基礎的な知識です!きーそーてーき!!と半ばやけになって繰り返す永野の言につまらなさそうな顔をした石塚が
しぶしぶといった仕草で永野の指を口内から解放した。

「まったく…永野くんは小賢しい生徒だな」

こーざーかーしーいー。とダルそうに先ほどの永野の真似をする。永野の血管はぶち切れ寸前。

「あなたは軽薄です!何かしら理由をつけてすぐに自分に触れてこようとします!」
「軽薄…ねぇ。心外だな」

これほどまで叫んでも飄々とした態度を崩さない。そんな打っても響かない彼に、前々から思っていたことが零れ落ちた。

「どうせ…自分以外の人間に対してもそのように軽薄な事ばかりしているのでしょう!?」

永野が初めて見せた「嫉妬」という感情に、口の端が攣りあがりそうになるのを理性で押さえつけなるべく真面目な顔を石塚は作る。

「それは永野、お前の思い込みだ」
「そんなの嘘でしょう!?」

血の流れる指にもかまわず、永野は手を白くなるほど握り締めた。相当思い込みの根が深い永野に石塚の眉間に皺が寄る。

「俺がどれほどお前を大切に思っているか…知らないな?」
「知るわけ無いでしょう!」

石塚に負けないくらい眉間に皺を作っている永野を見て、息を深い所まで吸い込んで、石塚はとうとうと語る準備をする。

「あのな」
「何ですか」
「お前が美しいと思ったものは俺も見たいし、お前が楽しいと思ったことは俺もしたい。お前が悲しいと感じる事があったら話して欲しいし、
お前が憎いと思った奴は教えて欲しい。粛正してきてやる。…俺がこれほどまでに強い感情を抱くのは、お前だけだ永野!
「あっ、は、はい!」

熱弁に聞き入っていた永野は最後に強く呼ばれた自分の名前に思わず返事をしてしまった。

「どうだ、わかってくれたか?」

とてもいい笑顔で聞いてくる石塚にはい、と返事をしそうになる自分を慌てて抑えて、

「き、詭弁ですね」

ぎりぎりな所で搾り出された皮肉を吐いた。
いっそう笑みを深くして、石塚は悠々と答える。

「手厳しいな…そうならないために俺はお前に尽くすよ」
「つっ、尽くすのは自分の方です!あなたは上官なのですから!」
「今では俺よりお前の方が階級は上のはずだが…?」
「あなたはっ、何年経とうとも私の優秀な上官です!覚えておいてくださいっ」

きょとん、とした顔を石塚はもう一度笑みに変えた。

「…嬉しいことをいってくれるじゃないか」
「当然のことを…言ったまでです」

耳まで真っ赤にしている永野の頭を石塚はその大きな手で撫でる。ふと気付いたような「ふり」をして永野はぼそりと呟く。

「お礼は…何にしますか?」
「お礼?」

頭を撫でながら首を傾げる上官に、永野は吐き捨てるようにまた呟いた。

「ですから、消毒の、お礼、です」
「あれ?雑菌が入るから、唾液による治療は意味が無いんじゃなかったっけ?我が優秀なる部下、永野くん?」

意図を掴んだ石塚は、気付いているのに首を傾げたまま意地悪なことをいう。

「治療の意味を成していないとはいえ、あなたは自分に医療行為を施そうとしました。
 その誠意には誠意で返すべきです。ですからさっさと何か申し付けてください我が上官!」

石塚が自らの欲望で指を舐めたことに気付かないまま、律儀に礼をしようとする永野。
こいつは本当にいい部下を手に入れたもんだと悪魔的に笑みながら、石塚は報酬を要求した。


「じゃあ、膝枕で」