そっと永野の握りこぶしに触れたのは、大きな石塚の手だった。包み込むように乗せられたその手のひらを振り切る術など永野は持っていない。
「い、いきなりなんですか石塚さん」
なので、ごにょごにょ文句を言う。
「んー…いや、大分この島にも慣れてきたなぁと」
「何を今更?あなたはもうこの島に長いこといるでしょうに」
「俺じゃないよ。永野が、だ」
「…む」
やけに穏やかな声に、自分の全てを見透かされたような錯覚に陥る。おもしろくない。
「順応が早いと言って欲しいですね」
お互いに顔は夕陽に向いていて、繋がっているものは手の平のみ。
その重みがいつ無くなるのかと永野は時折石塚にバレないようにちらちら確認している。もちろん石塚はそんなことお見通しである。
知らず、口角が上がり微笑を浮かべるが口調だけは冷静そのものに告げる。
「タイムリミットはあと、二十日だ」
永野の拳が、ほんの少しだけ震えた。一ヶ月の約束。
「ええ。今日が十一日だから…そうですね、あと二十日です」
アトハツカ。現実味を持たない数字に、永野は眩暈がした。
「今、寂しい、と思ったか?」
鋭く抉るように、永野の本心を石塚は言い当てた。また小さく拳が震えるのを知りながら。
「いいえ。あなたを本島に連れ帰ることだけを考えていますから」
「嘘付け」
素早く、短い否定。
「この島に残りたいと、俺と暮らしたいとお前が言えば。賭けに負けたと白旗を上げさえすれば。この穏やかな毎日は簡単に手に入るんだぞ?」
「っ…」
それはあからさまな甘言。誘惑。強く握られた拳の中からは肌が軋む音。
「(ここら辺が限界か)」
これ以上言えば、彼が壊れてしまうのがわかっていたから、石塚は優しい声でこの話題を切り上げた。
「あー…と、酒が無くなっちゃった。女将さん、注いでくれ」
空になったグラスを目の高さまで持ち上げて、おちゃらけた仕草を見せると、永野もこわばった笑みを浮かべた。
「…はぁ。まったく、誰が女将さんですか。旅館か何かと勘違いしてるんじゃないでしょうね」
「あ、おつまみも無いや。仲居さん持ってきて~」
「誰が仲居さんですかっ!」
文句を言いつつもつまみの皿を持って台所へと戻る永野だった…。