夏へのさそい . 3

急に空気を変えた石塚の変化を見抜いた永野は、言葉で予防線を張る。

「い、石塚さん…自分は、何か失礼な発言でもしたでしょうか?でしたら申し訳ありませんでした」

石塚の妙に冷めた態度に熱くなってしまい、自分でもどんな事を言ったのか思い出せず永野はただ謝るしかなかった。
そんな動揺を知ってか知らずか石塚は真面目な顔で問う。

「永野、弱点はあるか?」
「弱点、ですか?」
「そうだ」

まだ自分が石塚の下で戦争をしていた頃を彷彿とさせる口調に戸惑いつつ、口を開く。

「そんなものは無いほうがいいだろうと、苦手は克服するように心がけていましたが。なぜ今、そんなことを聞くんですか?」

石塚の変化は口調だけではなかった。
黒曜石のような瞳が、永野をじっと見つめている。

「自己申告しておいた方が身のためだと思うけど。口にしないなら、探すまでだ」

疑問を重ねる暇も無く、石塚が立ち上がり卓袱台を挟んだ向こう側にいる永野の傍へと歩いてきた。
すっと音もなく屈み、永野が反射的に避けるよりも早く石塚が行動を起こす。

「……なっ…」
「これが弱点?」
「違う…何を、何をしたんですかあなたは!」

耳から背中に抜けるような電流を流された。そう思った。
だから不意を突かれて戸惑っているだけなんだ。
そうに決まっている!

「…分からなかったかな。耳に息をかけただけなんだけど」

そう言って、笑う。
その眼に、いつかの戦場での真剣な瞳を垣間見た気がして永野の混乱した思考に追い討ちをかける。

「弱点は見つかったな。なんだ、意外と容易かったな。お前の言うように俺は『優秀な士官』なのかもしれない」

石塚は内心これだけで落ちそうだなと、冷静に考えていた。
そして攻めに掛かる。

「楽しいかな、永野君?」

かすかな笑い声が聞こえて、それで目が覚める。
自分は石塚にいいようにあしらわれている、ということにやっと気が付いた。

「石塚さんでもこんな…許しませんよ!」

突き飛ばそうと腕が伸びかけたが、この人は石塚さんなんだと必死に言い聞かせてそれを止めた。
耳元から気配が消え、石塚は永野の前に正座をした。
永野はほっとしたが、石塚の目はまだ笑っている。

「許さないならどうするんだ?」
「こんなことのために、わざわざ来たんじゃないんです…自分は…」

永野はがっくりと項垂れた。