「…全く、何考えてるんだかあの人は…」
ぶつぶつ文句を垂れながらも遠回しの「命令」に永野は抗う術を持たない。
すっかり慣れてしまった手つきで皿を洗う。とは言っても食器は二人分しかないのでそれもじきに終わるだろう。
ちらりと石塚が寝そべる縁側を見ると、先程持って与えた酒とつまみの替えにも手を付けずに飽くことなく外を眺めていた。
いつまでそうしているつもりだろう。夜は寝苦しいくらいだから体が冷えることはないと思うが─
…なんで俺があのひとの心配をしなきゃらないんだ!!
あんな無茶苦茶な理由で俺を縛り付けてる癖にまるで俺が押しかけ女房みたいじゃないか…!
あの人は俺を何だと思っているんだ!俺は家事手伝いをするためにこんな辺鄙な島に来た訳じゃない。
あまつさえ毎夜人の布団に忍び込んでは毎晩あんなことまで強要して…!!
「…永野。耳真っ赤だぞ」
「うわぁっ!!!!いし、いいぃ……!!!」
「落ち着け。…何をそんなに慌てるんだ?皿を取り落としても…」
「あ…」
言うが早いか、洗剤の泡にまみれていた陶器の小皿が手から滑り落ちる。
永野が咄嗟に手を差し出すも間に合わず、耳を劈くような鋭利な音が響きわたってそれはすぐに静寂を取り戻した。
一瞬で粉々の片になった小皿だったものを呆けたように凝視する永野。
注意のつもりで口にしたことが早速現実のものとなって流石の石塚も一瞬呆れ顔になった。
それを見た永野が赤い顔のまま一気に慌てふためく。
「す、済みません…!すぐに片づけますから!!」
「おい、そんな不用意に触れたら…」
…もしかして自分は何も口にしないほうが良いのではないだろうか。
冷静を失った永野が破片に触れた瞬間、指の薄皮が裂け赤い液体が白い陶器を伝った。
自分が永野の行動を先読みしているのか、思ったことを口にするとその通りになるのか際どいところだなと、石塚は一人ごちた。
「永野」
「済みません…」
しゅんとなって頭を垂れる永野を見て、石塚は笑いながら小さく息を吐いた。
そして謝罪の言葉に応えることなく永野の片手を取る。
「石塚さん?」
意図が図れない石塚の行動に素っ頓狂な声を上げる永野を後目に、僅かに身を屈ませた石塚は未だ赤い筋が流れる指の先端を口に含んだ。