夏へのさそい . 1

「夜分遅くに申し訳ございません。上がらせて貰いますよ」

妙に特徴的な、硬く太く凛とした声が玄関から聞こえた。
声だけでも分かる。永野だ。
石塚はそれに対し他人事のように素知らぬ顔をしながら、縁側で寝そべっている。

がちゃ、がちゃがちゃ……がちゃん。

「くっ…」

悔しそうな呻き声。
家主も知人の嶋もいつも縁側から出入りをしているので、玄関の戸は鍵をかけっぱなしなのだ。

「開けて下さい!せめて自分の話を聞いてください石塚さん!」

やろうと思えばボロ屋の戸など壊せるはずなのに、彼は律儀にも石塚の許可を待っている。
(…縁側に回るって策は思いつかないのか…生真面目だなあ)
遠い目で空を見上げれば、丸い月が浮かんでいた。夏の夜にも関わらず、何故か今日は涼しい。

「石塚さん!自分はこれしきのことでは諦めませんから!聞いてますか!」

(聞いてるよ。まったく、困ったやつだな…)
ふう、と溜息のようなものを漏らして重い腰をあげた石塚は玄関へと向かった。
寝転がっていたことによるシャツの乱れを適当に整えながら、錠を下ろす。

がちゃん。

錠の落ちる音がした途端、永野は待ってましたとばかりに玄関に転がり込んできた。

「い、石塚さん!自分は貴方をせっと「うん、ちゃんと話は聞くから。とりあえず中に入ってゆっくり話し合おうよ」
「い、いえ。自分はそんなに厚かましい奴では「いいから。ほら、入って」
「あなたさえ頷いて頂ければ済む話でありまし「ほら、冷たい麦茶をご馳走してあげるから」

勢い込んできた彼を押し留め、石塚が柔らかな笑みを見せると彼はしぶしぶ靴を脱いで家に入ってきた。
床が微かな音をたてて軋む。
大きな背中を丸めて靴を揃える永野を見ながら、石塚は一瞬だけ思考を加速させた。
彼の顔が珍しく険しい表情を作る。
考える。
永野を上手く説き伏せて、この島に残る方法を。
(最悪、力押しになるかもしれないけど…その時はその時だな)